住宅地の中に石柵で囲まれた墳墓。附近の人たちは「塚」と呼んでいます。阿保親王(792〜842)は、平城天皇の第一皇子、桓武天皇の孫にあたる人で、弘仁元年(810)薬子の変に連座して、大宰府権帥(だざいふごんのそち)として左遷されました。同じ大宰府権帥でも、後の菅原道真は太宰府で没しましたが、親王は帰参を願い祈ったところ、嵯峨天皇に召し帰されました。願いがかなったので一寺を建立して願成就寺と名付けました。近くに今も願成町という地名が残っています。