【宝塔寺】ほうとうじ
 伏見区深草宝塔寺山町

徳治2年(1307)日蓮の法孫日像は、京都で布教中に洛外へ追放されました。その時、真言寺(現在向日市)において、時の極楽寺住職良桂と三日三晩の宗論を行い、良桂が屈服、極楽寺を法華道場に改めました。そして日像を開山とし、自らは二世となりました。

日像は京都妙顕寺で康永元年(1342)没しましたが、遺言により、ここで荼毘(火葬)にふされました。日蓮、日朗の遺骨も納められましたので、西身延、巽の霊山とも呼ばれています。


仁王門

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