明治3年(1870)の深草村絵図には、この場所は「ヌリコベ墓」と記入されており、江戸時代から信仰があったことは確かなようです。 名前の由来は、歯の痛みを封じ込める意味、または土壁で塗り込まれたお堂に祀られていたので、その名になったともいわれています。 歯の治療を願って参詣者は絶えません。