【俊成、明兆墓地】しゅんぜい、みんちょうぼち
 伏見区深草願成町

墓地の奥の方、土塀に囲まれて中央にあるのが南明院開山業仲の墓、右の自然石は足利義持に東福寺境内の桜を切るよう願った明兆の墓と伝えられています。左側に大小二個の五輪石塔があり、大きいほうが平安末期から鎌倉初期の代表的歌人、「千載和歌集」の撰者として知られる藤原俊成(1114〜1204)、小さい方は応安3年(1370)この丘を、俊成の菩提のために寄進した、冷泉家ゆかりの浄如尼の墓と伝えられています。




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