伏見街道に面して「稲荷神社境外摂社 田中神社」という標石がたっています。 和泉式部がこっそり稲荷に詣で、田中明神附近で時雨にあい困っているとき、田を刈っていた一人の童が“あを”(雨具)をかしてくれました。帰りには晴れていたので、その“あを”を返しました。その翌日、童が式部のところへ艶文を持ってきました。開くと、 時雨する 稲荷の山のもみぢ葉は 青かりしより 思い初めてき とあり、式部は哀れと思い、その童を奥へよび入れた、という話が残っています。